Insights | 学術出版とオープンサイエンス
2024-12-18
No.1 Insights 発刊によせて
学術誌の本髄-科学的発見を論文として公表することが,オープンサイエンスという世界的潮流を受けて変容の途にある.学会や研究コミュニティの独自性を表現し,自らの方針で査読編集し,peer -reviewed journalとして刊行するジャーナルが,科学技術を取り巻く社会の,そして地政学的,さらには国際的な調和の接面で「オープンにする」社会の期待を受けている[1, 2].ここでのキーワードはオープンアクセス.そのオープンは大学・研究機関等が運営するリポジトリを通して無料公開するグリーン方式か,機関のジャーナル購読契約の範囲で無料公開するTA方式,または論文著者が出版費用を負担して無料公開するゴールド方式か,大きく3つの選択肢がある[3].
オープンアクセスについては,ジャーナル論文は無料で閲覧し利用できるようにするべきという‘知の公平な分配’というベルリン宣言から20年が経ち,その解釈や無料化の方法が科学全域で,学会で議論があり,政策の場で制度改革の取り組みが続いている[4].自身も1998年代から複数誌の購読モデル,2000年にAPC方式によるゴールドモデル,その20年後にダイアモンドモデルへと転換する実践の過程で,独自方式や官製プラットフォーム,商用プラットフォームの間でジャーナルを移すことや,第三機関データベースへの収録等の影響を経験した[5, 6].中長期的な視点にたった刊行事業,特に出版基盤となるシステムの運用・維持管理,人材確保,広報と販促,また転換を受け入れる土壌の醸成には時間がかかることも身に染みる体験であった.特に英文ジャーナルは必然的に世界が舞台になるため,異文化コミュニケーションの術も必要になり,違いを乗り越える信念と根気の勝負でもある.それだけ奥の深さがある.
特に近年のオープンサイエンス推進の政策によって,ジャーナル独自性と持続性の両立,加えてデジタルトランスフォーメーションDXという課題が目前に押し寄せる今.大量な情報の中で課題の本質は何だろうか,と考える時間が長くなってきた.とにかく複雑なのだ.学術誌の出版に携わった経験[7]では,オープンアクセスやオープンサイエンスについての論は多く聞くし,論文を統一的な構造化データとして流通させAI活用する議論も世界中で進行しているが,学術出版という視点に立ったオープンサイエンス論を日本で聞くことが少ない.学会の年次大会や公的な検討の場で聞くことはあっても,それを学会内の運用にどう反映するのか,経済的に自立可能なジャーナルを目指すとき,どのように「オープンにする」かという視座に立つ論が少ないように思う.誰かが負担しなければならない論文投稿から出版に至る費用は、どれほどポピュリズムで賛意が集まっても解決はしない。これが本刊行の動機となり,日本発学術誌の多様性と発展の一助となることを目指した一念発起の源である.
「Insights」は日本語で‘視座に立つ’の意味である.近年,度々に議論を交わした研究者の深みのある視座に触発され,発刊の名とした.また発行元となるCyberMate LLCを起業した.同社は日本の学術誌刊行と,刊行されるジャーナル論文を情報(データ)として活用するBeyond Open Scienceまでを視野に,学術出版界を多面的に支援することをミッションとして,実験的検証を共にしながら実践の道をデザインしたいと考えている.
「Insights」は志を共にする科学者,技術者,話題に相応しい専門家による客観的な査読意見を参考に編集し,出版することを編集方針としている.招待論文のほか,寄稿も歓迎する.著者,読者,査読者,図書館員,そして学術誌発展と,DX時代の論文データ生成・活用に関心を持つ広くの方々と輪を形成し,できるだけ長く,細くとも意味の深い,日本の情報発信を共に続けていきたいと思っている.
谷藤 幹子
2023年11月
参考文献 | References
- 内閣府, オープンサイエンスについて(日本学術会議からのヒアリング), 2023年3月, PDF公開資料
- 文部科学省科学技術・学術審議会情報委員会ジャーナル問題検討部会(2019年6月~2021年2月), PDF公開資料
- 尾城孝一,「転換契約」とJUSTICEの「転換」,情報の科学と技術,情報の科学と技術,Vol. 69,2019,DOI: 10.18919/jkg.69.8_387
- 林和弘:オープンアクセスとオープンサイエンスの最近の動向:ビジョンと喫緊の課題, 表面科学, Vol. 37, 2016, DOI: 10.1380/jsssj.37.258
- 谷藤幹子:学術ジャーナルの変貌, 日本物理学会誌, Vol. 74, 2019, DOI: 10.11316/butsuri.74.5_294
- 谷藤幹子:オープンアクセスジャーナル出版の実践と考察, 情報管理, Vol. 52, 2009, DOI: 10.1241/johokanri.52.323
- 谷藤幹子: Science and Technology of Advanced Materials誌を例とするオープンアクセス ジャーナルの安定化の条件 学術誌創刊350年の歴史に寄せて, 情報管理, Vol. 59, 2015, DOI: 10.1241/johokanri.58.372